2008年7月23日 (水)

疲れた・・・

あー、復帰初日から飛ばしすぎた。

結局会社も最後ヒトリになっちゃったし。

思った以上にクタクタだ・・・。 社会復帰、もうしばらくリハビリが必要だな。

なんだかカラダと脳ミソが筋肉痛って感じ。 

通勤もこの暑さを考え、汗だく&熱中症になるのは危険なので、暑さが落ち着くまでは電車通勤に切り替える事にした。

それから、本日快気メールとか電話くれた皆様、本当に有り難う御座いました。

無事、倒れる事無く1日を終了する事が出来ましたよ!

明日もいきなりユーザーのトコロへ直行だし、気合入れて頑張らないと。

きょうは天神祭りか。 

大阪もどんどん「夏」に、いや、「夏真っ盛り」なんだなぁ。

明日、早く仕事終わらせて映画行こ。

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2008年7月22日 (火)

思うのですが

DNA達の夏休みの宿題を見て思ったのですが・・・、ちゅうか中学生の時から思ってたんですが、

例えば算数の宿題。 プリントの問題を読むと・・・

「次の問いに答えよ」とか「計算式を求めよ」とか、すごく上から目線の言い方してますよね、問題集って。

「次の問いに答えてください」とか「計算式を考えて書いてください」だったら「よっしゃ!やったろか!」と思いますが、「答えよ」とか「求めよ」とか偉そうに言いやがって、って思いませんか? 何様やねん!って中学生の時から思ってます。

んで、答え正解でも「その通りです」とか「スゴイ!良く出来ました」とかぢゃなく「○」で終わらされしまうし。

納得いきません。 でももうテストなんてする機会なんて無いと思うし、そんな事で文句言っても何にもならないって事、大人ですから分かってますし・・・。

Road_2 夕方、ANJIとぶらり散歩に出かけた。 マンションの近所の緑陰道路というすごく長い遊歩道があるのだが、そこで最近ANJIがはまっている「カメラ」で撮影しに出かけた。 夕方のソコはすごく涼しくて、蝉も鳴いていて、夕方の夏!って感じで 自分の小学生の時の夏休みを思い出した。 ANJIは慣れないカメラを自慢げにパシパシ撮影してたけど、現像代が結構かかるのよね、アナログフィルムって。 デジカメにすればいいのに・・、っと子供の夢をぶった切るワケにも行かず、本日も24枚撮影しちゃいました。  で、ワタクシが撮影したケイタイ写真。 歩行者専用道路の標識。 なんか、どー見ても宇宙人にさらわれてる女の子って感じがして・・・、思わずパチリ。 標識のおじさんの「手」がいかにも宇宙人っぽい。

Sh010005_2 そして、この写真。 これも近所の「お店」?の店頭写真なのだが、

「手作りステッキ \4,000-」

って書いてあるけど、営業してる雰囲気は無いし・・・。 で、見にくいけど「赤紙とはこう言うものだったのです」みたいな感じで、赤紙張ってあるし・・・。 すごく右よりなお店なのですよ。 すごく不思議な店です。 店内は電気も消えていて人影もなく、営業してる感じは無いのですが、一度 潜入捜索してみたいです。 前は「ドイツ陸軍払い下げ軍服入荷」とかの張り紙してありましたけど・・・。 暗い店内を覗くと、ドイツ陸軍の軍服も、あるのか、無いのか・・・、それすら分かりません。

さて、明日より会社完全復帰します。

ちゃんと社会生活に戻れるかどーか不安ですが、頑張ってみようかと思います。

ちゅうか、世の中、こんなに暑いとは思ってませんでした・・・。

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2008年7月21日 (月)

夢を良く見ます。 とは良く書いています。しかも結構キッツイ夢見ることが多いです。

ワタクシの夢は自分が見えています。 だからテレビを観ている感覚で夢を見るのですが、今日はそのまんま自分でした。 それと、必ず前職に付き合いのあった仲間が出てきます。 必ず。 これも不思議。

で、今日は飛行機事故の夢。 みんなでどっかに旅行へ行ってるんですが、飛行機離陸後、飛び立つ寸前に墜落。 全方からどんどんペシャンコになっていく飛行機。 

オレも挟まれる。 座席と機体にカラダが挟まれ、飛行機が止まる。

その時、意識の中で「死んだか? 死んでるなら痛くないはず。 どうだ?痛いか?オレ?」 と自分に問いかけている。 痛くない・・・・、「死んだな」って冷静に思ったトコロで目が覚めた。

AM4:30。 窓の外を見ると、まだ暗い。 のでまた寝てみる。

AM5:20。 夢は見ないが、また目が覚める。 空がムラサキとオレンジで幻想的な朝だなぁ・・・・、ZZZZ。

熟睡できてるのかも知れないが、寝が浅い、のは退院してきてからも変わらず。

日中、入院中に見舞いに来てくれた方へのお返しを買いに梅田へ出る。 暑いのなんの。 表出て歩くのはツライ。 MONE達とプリクラ撮ったりしたけど、今のプリクラってすごいね~。 自然に茶髪にしてくれたり、美白にしてくれたり、目玉を真っ黒にしてくれたり、撮った写真をケイタイの壁紙にしてくれたり。

月が綺麗だ。 ちょっとオレンジだけど。 

明日は病院。 チャリで行ってみよう。

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2008年7月20日 (日)

カラダが赤い・・・

カラダが赤いのですよ・・・。 日焼けで。

朝から近所の市民プールに行き、ANJIに水泳の猛練習。 もっとANJIの泳ぎ、ショボイと思ってたけど、まぁあんなモンかな? でも、やはり運動神経鈍いわ。 

昼過ぎまで泳いで、このクソ暑いのにカップラーメンが食いたいって言うから、マルハチ行ってラーメン買って、暑い家で昼ごはん。

それからミドリ電化に涼みに逃げた。 そこで、出会った、快楽のスペース。 そう、マッサージチェアー売り場。

もうマジ真剣に寝てしまいました。 めちゃくちゃ気持ちよくて。 クーラー効いてるわ、エエつぼ押してくれるわ。 最近のマッサージチェアーってすごいね。 足・足の裏だけではなくて、手までマッサージしてくれるし。

晩ご飯食べて、近所の銭湯に行ってサッパリ。 日焼けしてるの忘れててゴシゴシしてると「ひぃ~」しみる!

病院から帰っての初めての朝。 やっぱり早起きしてしまう。

病院に慣れなくて早起きしてたワケではなくて、体質的に早起き型になてしまったみたいです。

でも夏の朝はすごく気持ちがいい。 暑くなる前の少しの時間、太陽がオレンジですごく綺麗。

ウォーキングってほどでもないけど、ブラブラと散歩する。 3週間も病院にいると、ちょっとした街の雰囲気が変わっているのに気付く。 

タクシー屋さんの跡地が工事に入っていたり、横断歩道が塗り替えられたり。

退院して初日のリハビリとしては、少々ハード(?)な1日だったかも知れないけど、やはりコッチの世界がいいなぁ、っとつくづく思いました。

ちなみに、気にしていた体重も55Kgに復活。 病院行ってて逆に調子悪くなってた???

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2008年7月19日 (土)

退院

本日11:00 無事退院いたしました。
皆様には、大変ご心配をおかけしました。
また、お見舞いに来てくれた方々、励ましのお便りやメールや電話を頂いた方々、
本当にありがとうございました。

でよ、暑いわ・・・、下界は。
暑いとは思っていたけど、こんなに暑かったとは・・・。

昼からギター弾いたり、自転車乗ってスーパーへ買い物行ったり。
徐々にリハビリ開始です。
明日は朝からANJIとプール。 細いカラダを焼いてこよう。

さて、入院中に携帯で撮影した一部の写真を使って 動画にしてみました。
youtubeに貼付けてみましたので、ご覧アレ。
でもyoutubeって見るのはエエけど、画像upするのは時間かかるしメンドクサイなぁ。


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2008年7月18日 (金)

B階段 Vol.9(最終話) + 入院19日目

子供達が夏休みの宿題に追われる8月最後の日曜日の朝10:00。
オレはJR吹田の駅にいた。
 
吹田なんて今まで何回降りたことがあるのだろう?もしかして初めてかも知れない。

携帯が鳴る。 村上さんからだ。

「紫苑、着いたか? 場所分かるか?」

「あぁ、村上さん オハヨウゴザイマス。 分かりますよ、見えてるし。」

「Sky」というBer。 ココが今日の箱。 

村上さんのたぶん最後のステージになるところ。
Berといってもちゃんとステージがある。LIVEハウスと言うには小さすぎるが、頑張れば40人は入りそうなスペース。
1チケット3000円で飲み放題・オードブル食べ放題、開場はお昼の12:00、会演は15:00と、いたって健全なLIVE。チケットは身内関係者に売られ完売した。

すでにメンバーはみんな揃っていて、セッティングを始めている。
みちこさんは店のマスターとオードブルブースに料理を運んだりグラスを運んだりしていた。

オレはあえて今日まで聞かなかったが、確認していない事が1つだけあった。 それを村上さんに聞いてみる。

「あのぉ、村上さん? 本番当日で、こんな時間に言うのもナンなんですが、今日、何しますの?曲?」

村上さんは、キョトンとしていた。 オマエそんな事知らんと来たんかい?みたいな顔していた。

「曲? 決めなあかんの? オマエもそうやけど、オレら雑食やろ? 何でもしよーや、何でも。そのとき気持ちよさそうな曲すればエエやんか? 客もほとんど身内やし、リクエストもらってやればエエやんか、なぁ。」

メンバーのみんなも「そうそう」って頷く。 

オレはまだまだ考え方が硬いなと・子供だなぁと・素人だなぁと反省した。

「でも出だしの曲ぐらい決めとかんとアカンなぁ、何しよか?」 と まささん。

「ノリのイイ曲がエエよね、Johnny B. Goodeとかどう?」 しょーじさんが提案する。
みんな賛成し、1曲目・・・だけが決定する。 そしてまたセッティングの続きを始める。 

分かっている、みんなに着いて行けば安心してプレイできる。 
でもやっぱり心細い・・・、小心者をつくづく思い知らされる。

12:00になると、ぼちぼち人が入り始めた。
オレは知らない人ばっかりだった。 好きずきに席につくと、テーブルごとで宴会がスタートする。 
こんなペースで15:00まで持つのか? と思いながら、でもみんなキャーキャー言いながら呑み会を始めている。
メンバーも呑みに参加してはPAと打ち合わせしたり、道のわからない客に携帯で案内指示を出したりしていた。

最初は寒いぐらいに冷房が効いた部屋だったが、いつしかほんのり汗ばむぐらいになっていた。 
開演30分前になろうとしていた。

「ちょっと集まって。」 村上さんがメンバーを集める。控え室なんて無い。 皆は非常階段に集合する。

「ホンマ今日はオレのワガママだけに付き合ってくれてありがとうな。 
今日のLIVEは絶対忘れられないLIVEになると思います。 最大最強のゆる~いLIVE、しよな。」

みんなは、・・・それかオレだけ? は、胸が熱くなった。 考えてみれば村上さんとは長い付き合いだけど、同じステージでプレイした事がなかった。 

最初にして最後のLIVE。

暗くライトアップされたステージに灯りが点く。 
スポットライトというヤツ。 結構このライトが暑い。
ゆっくりとステージに上がり、アンプのボリュームを「5」まで上げて、それからギターのボリュームを上げる。
ギターが待ちわびたように呼吸を始めた。 みんながお互いの顔を見る。 スタンバイ完了。

「んじゃ、初めよか。おまたせ。」 村上さんの簡単なMC。

最大にして最強なゆる~いLIVEの幕が明けた。

高校を卒業し、オレはデザイン専門学校へ通っていた。
金本は美容師、吉田は料理の専門学校へ進学したと聞く。 あれ以来、今まで一度も顔すらあわせた事は無い。
専門学校の時はBOOWYとかのコピーバンドをちょこっとしたが、真剣にバンドする事はなかった。 
アコギで静かな曲を弾くようになったのはこの頃からだっただろうか?
時折、松下から教えてもらった「禁じられた遊び」なんかも暇つぶしに弾いたりもした。

いつしかオレも弾き手ではなく、聴き手にいた。 

社会人になり、一度フリーターになって、グラフィックデザイナーとしてもう一度社会人になった。
そこで村上さんとも再会し、今、3度目の転職をして4年。 
人生イロイロあったかもしれないけど、音楽の「雑食」だけは変わっていない。

雑食といってもやはり「一番」がある。

Charの「All Around Me」。 

もちろん今でも好きな曲である。
英語の歌詞なのだが、わざわざ翻訳もしてみた。

朝起きると、自然が僕に話しかける
思うままに感じるままに、語ればいいと
周りに愛を感じるかい
なりたい自分になっているかい

月明かりが、ぼんやりした雪に光を放つ
夜空の下で僕は吹く風に話しかける
周りに愛を感じるよ
なりたい自分になっているよ

自分をしっかり持てば、倒れても上を見上げる事が出来る
肩にかかる雨を見て思い出す
キミは夏の雨のように涙を流した
僕が乾かそう、太陽のように
二人で夜空の下に立ち
一緒に朝日に目覚めないか

何かオレの内を代弁してくれるような、そんな曲に感じる。 
この曲には色んなシーンで助けられている。 励み、癒し、活力、創造性、そして愛。

煙草を吸いにオフィスビルの非常階段へ出る。 だいぶ肌寒く感じる。 
明日からコート着て出勤しようか?
 
来週は東京へ出張。村上さんと会う予定は立てていない。 
オレから村上さんにコンタクトする事は止めている。 
こういう時の「間(ま)」、というかタイミングはお互い相性が悪い。 
だから村上さんの思いに任せる事にしている。 

携帯のメールが鳴る。 

「新規着信メール 1件」

操作ボタンをポチっと押す。 社内メールだった。

「件名:すぐにオフィスへ戻ってください」

気の利かない女子社員からのメール。 
携帯灰皿に半分吸った煙草をもみ消し、非常階段の扉を開ける。

「B階段」と書かれてある。 「A階段」 の場所は今でも知らない。

【あとがき】
たまたまこんな機会があったから書いたけど、本は書きたかった。
どうも文章を書くのがスキみたいなので。 もう3年越しになるだろうか?自伝「おやしんの日常」というモノも不定期に書いている。コレは出張とかして、ホテルでどーしようもなく暇な時に書く事にしているので、全然進んでいないが。
「B階段」、これもほぼ自伝に近い。 80%ぐらいは実話に基づいている。 
いろいろ古い話しを頭の引き出しから引っ張り出してくるのが楽しかった。
それと、時間にも恵まれた。 会社行きながら本書いてたら絶対集中できなかっただろう。
自分で読み返してみると、意識したワケではないが、私の好きな作家「中島らも」の表現に近い文章表現だのシーン展開だのになってしまったかも知れない。 コレ一応フィルムに納めるという前提の本なのだが、実現化は難しいな、予算合わないよな。
・・・、あとがきってこんな事書くんだっけ?
最後にメンバー以外の方で「B階段」を読んでくださった皆様、ありがとうございました。
こんなヤツなんですよ、オレって。

2008/07/09 (水) 14::27  済生会中津病院 北棟15F 1501 Cベットにて

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2008年7月17日 (木)

B階段 Vol.8 + 入院18日目

野音の感動は長い間続いたが、細かなGIGも結構こなして気が付けば高校3年生になっていた。
バンド活動はスキだった。 でもオレの中に一つの転換期が芽生え始めた。 

「雑食魂」。

T・R・SというPUNKバンド。音の種類的にはPUNK POPだ。 
作曲は金本と半々で作っているのだが、どうも最近二人の「センス」が違ってきている。

金本の作る曲は縦に飛べる曲。横道なPUNKと言えるだろう。
オレの作る曲、バラバラである。ポリシーって言う言葉を使うなら、まったくポリシーが無い。
 
今ではHIPHOPってジャンルが日本ではJPOP(歌謡曲)的な扱いされている部分もあるが、オレの作る曲はそんな感じ。
PUNKバンドがアコースティックな雰囲気になったり、ハードロックな雰囲気になったり。
まったく一貫性が無いのである。

「紫苑さぁ、何か最近オマエの曲って違うでぇ。」 と金本。 確かにオレもそう思う。

「そうかもせーへんけど、こんな感じでバンドしたいんや」っとオレ。

「ん~、表現するのはそれぞれやけど、ココPUNKバンドやからなぁ、そんな曲は個人で楽しんで もっとコッチ寄りの曲作ってくれへんか?」

オレは至って穏便な性格をしている。 ストレスも自分の中で吸収して解決できる。
怒るって感情も年に1度有るか無いか。 
でも「そんな曲」、その言葉を聞き流すワケにはいかなかった。 
年に一度、花火大会のようにオレの怒りに火がついた。

「こんな曲って、オレは確かに自分が気持ちいい曲作ってるかもせーへんけど、他には無いPUNKバンドを目指して曲作りしてるつもりなんやけどな!」 

怒っているが、至って冷静な口調で金本に言う。

「なぁ、前々から言おう思っててんけど、T・R・Sはオレが作ったバンドやぞ。 音楽性も。 やのに何でオマエがバンドの方向性変えるんや、そんな事しなくても結構ファンとかも付いてるし評価もしてくれてるやないか。 何がイヤやねん。」

オレが作ったバンド・・・・、か。 ごもっとも。
なんでオマエがバンドの方向性変えるんや・・・・、ごもっとも。
    
もうこれ以上、考えるのメンドクサクなった。 一気に冷めた。 

恭子ちゃんの気持ちが良く分かった。

「熱しやすくて冷めやすい」。
 
この言葉の裏には、常に新しい物を追いかけたいという希望・欲望が潜まれている事を自分で実感した。
オレはベースをソフトケースに入れて、

「ごめん、金本が嫌いになったわけじゃないけど、T・R・Sの音が合わなくなった。 だからオレはオレの音を自分で楽しむ事にするわ。」

スタジオの2重扉をゆっくり開け、外に出た。 スタジオの中で金本と吉田がどんな話しをしているかは興味なかったけど、オレを追ってはこなかった。

「なんや紫苑、オマエ終わりか?」とミカラムさんが聞く。

「はい、終わりました。 ミカラムさん 有り難う御座いました。」 

オレは精一杯丁寧な口調でミカラムさんにお礼の言葉を言う。

「はは、なんかもう人生終わったみたいな言い方やな。 んだら、おつかれ~!」

それからミカラムさんと再会したのは7年後、オレが始めてパッケージデザインの依頼を受けた打ち合わせの時であった・・・・。 

15分のフリーセッションを終え、少しミーティングをする。何故かみんな息が上っている。

「まささん、大丈夫? 汗ダクダクですけど・・・」 

本当にびしょびしょだった。 もちろんみんな適度に汗をかいた。 
一番若くてオレだから仕方ないかも知れないが、決して若いバンドでは無い。

「さて、何合わすか? 何でもええで。」っと しょーじさん。

「ちなみに皆さん、どんなジャンルの曲が得意とかスキとかなんですか?」 

オレが聞くと村上さんが・・・

「みんなオマエと一緒や。」

一緒? そうか、それなら話しが早い。みんな「雑食」なんだ。

「え~!そうなんや、そしたらオレに一曲歌わせてくださいよ!」 

「OK~!」

オレは急いでハーモニカスタンドを首に通し「C」の10ホールを装着する。

「斉藤和義、大丈夫ですか? 月影?」

「OK~! 頭コード何やったけ?」 っとまささん。

「Cです。んでFね。」

しょーじさんのカウントが入り「月影」が始まる。 
気持ちいい。

というより「心地いい」が正解かもしれない。 

寒い季節に、星空の綺麗な露天風呂で夜空を眺めている、もしくは南の島で波の音を聞きながらハンモックに揺られて昼寝している、そんな気持ちだった。

「オマエ、相変わらず歌はヘタやなぁ」っと鋭い突っ込みを入れる村上さん。

「ええや無いっすか! オレが気持ちエエんやから!」

「そりゃそーだ、自分が気持ちよく無いとバンドやる意味ないもんね。」

それからは色んなジャンルの色んな曲をセッションした。
途中、見学してた みちこさんが飛び入りキーボードでヴァン・ヘイレンの「JUMP」をやった。 
みちこさんもかなりの腕前、なんで見学者なのか分からない。
参加したらどう? と誘ってみても、ハズカシイからの一点張り。
だから無理には誘わなかった。

2時間の練習はあっと言う間に終わった。 
それからスタジオの隣にある居酒屋「まいど」に吸い込まれて行った。

「乾杯~!」 

一気に生ビールを飲み干す。 速攻おかわりのオーダーを入れる。

「しかし、何曲やった? 10曲ぐらいやったか?」と村上さん。

大体2時間の練習だと1回は休憩入れるんだけど、ぶっ続けで2時間やったから 結構みんなヘトヘトになっている。

考えてみると・・・

■ セッション・・・・・オリジナル
■ 斉藤和義・・・・・月影
■ Char・・・・・Smoky
■ The Doobie Brothers・・・・・LONG TRAIN RUNNIN'
■ DEEP PURPLE・・・・・Highway Star
■ Van Halen・・・・・Jump
■ RCサクセション・・・・・雨上がりの夜空に
■ 山崎まさよし・・・・・Fat MAMA
■ Rainbow・・・・・Spotlight Kid

コレだけの曲をやった。 もちろん途中で雑談とかしながらだけど。

パートも変動してやった。
RCのときはまささんがドラムで、オレがベースで、村上さんはギター弾いてしょーじさんがボーカルとか。 Jumpの時、オレがドラムを叩いたが しんどいのなんの・・・。

たった2時間の練習だったが、その事についてたっぷり居酒屋で3時間話し合い、過ごした。

「村上さん、転勤まで1ヶ月ちゅうことはですよ、練習も1ヶ月しかないし、それよかドコでやるんですか?LIVEは?」

「あ~、そやな。 ドコでやる?」

昔から行き当たりばったり・・、の性格は変わっていない・・。

よく本社の営業部長になんか昇進できたなぁ、いやこう言う正確だから営業部長になれたのだろう。 
結局 箱はしょーじさんが探すハメになった。

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2008年7月16日 (水)

B階段 Vol.7 + 入院17日目

「まじっすかぁ!金本! ほんまかぁ!」

その当時、ヘビメタやPUNKなんかの夏の野外音楽イベントって言ったら大阪城の野音でやるイベントぐらいだった。 それに出場決定した!?

「ほんまやねんって! 前の方の時間やねんけど、15分枠取れてん! すごいやろう!」

金本のこういうマメな努力は脱帽モノだった。GIGをやるにしてもスタジオの予約にしても、全部金本がしてくれていた。 まぁマネージャー件ギタリストみたいな感じだった。 しかし野音でやれる、ミカラムさんを見るとやっぱりニヤニヤしていた。
それからという物、15分のステージの為に練習しまくった。
地元で同じPUNKバンドの「あぶらむし」も出るとの事で、凄くライバル意識を沸かせながら練習した。

8月中頃、野音。
ステージに立つと人がいっぱい見えた。 初めての野外ステージ。
GIGで始めて緊張感と言うモノを味わった。 緊張感・・・、それしか覚えていない。 
何回思い出しても人の姿と緊張感しか頭に浮かんでこない。 
ちゃんとやれてたのか?客の反応は? まったく分からなかった。 
3曲やって15分のステージが終わった。
とりあえず3人で握手した事は鮮明に覚えている。 

蝉が歌う様に鳴く、ものすごく暑い午後2時頃のデキゴトだった。

村上さんとの練習は、会社終わってから19:00頃から2時間の予約を週2回入れることにした。
メンバーは村上さんが引っ張ってくるとの事。 丁度オレの会社の近くに穴場的なスタジオがあったので、そこを練習拠点にする事にした。
18:30、ちょっと早かったかな? っと思いながらスタジオの前で村上さんを待つ。
しばらくすると、堺筋の方から男3人、女1人でぞろぞろとコッチに向かってくる集団がいた。

「お待たせ。」

村上さんとその仲間達である。 

「まだ10分あるな、よし、ちょっと紹介しよか。」

村上さんはメンバーの紹介を始めた。
歳は見た目で45ぐらいだろうか? ちょっと若作りしてるけどおっさんオーラ全開に出てるドラムの「しょーじさん」。しょーじさんは阿波座でうどん屋さんを経営している。
しょーじさんより年上だと言っている「まささん」。まささんはしょーじさんのうどん屋でバイトしている従業員。 しょーじさんより年上でバイト? なんでバイトなのか理由を聞こうかと思ったけど、人生イロイロなので、あえて聞かずにいた。
それから「みちこさん」。まささんの彼女である。 オレとタメぐらいかな? ちゅうか、まささん、バイト生活で彼女がいるの? 奥さんじゃないの? 疑問が沢山あったが人生イロイロなので・・・。
みちこさんは今回は見学者。 よってオレ、村上さん、しょーじさん、まささんの4人でバンド結成である。
パートの分担なのだが、オレと村上さんはギター。ボーカルの曲は村上さんが歌う。 しょーじさんドラム、まささんベース。 オレはTakamineのエレアコしか持ってないので、エレキの曲の時は村上さんのギターを借りることになる。 そう、高校生の時に新品だったGibsonのフライングV。

丁度時間になり、一同スタジオに入る。 このスタジオは3つの部屋があり、A・B・Cで大・中・小に分かれている。 オレは今日何人集まるか聞かされていなかったので、Aスタジオを借りていた。
外見のビルの古さにしては思ったよりも綺麗なスタジオ。やっぱりコルクと湿気のニオイがする。

懐かしい。 
皆はそれぞれにパートのアンプ前に行く。 しょーじさんはドラムのマル椅子に座り、スネアとハイハットの位置を自分に合わせる。 やっぱりオレがMarshallにギターを繋ぎ、村上さんがFenderのTwin Reverbに繋ぐ。 みちこさんはちょこんとキーボードの椅子に座っていた。

それぞれのアンプに火が入り「シュー」ってアンプが呼吸しはじめた。 
初めに音を出したのがまささんのベース。 重い4弦の音。 
軽くチョッパーしながらチューニングしている。
えっ・・・・、ウマイ。 Fenderのジャズベース、フレットが無いヤツ。
そもそも、こんなベース持ってる人にヘタな人はいない・・。 
まささんのチューニングが終わったと同時に村上さんが、

「まさぁ、ちょっとAちょうだい」 っと言う。

「あいあい、了解」っとハーモニックスでAを出す。

村上さんは慣れた手つきでヒョヒョイとチューニングする。

「紫苑もあわせとかんでエエか?」

「ああぁ、やります。」

なんだか昔の感覚が走馬灯のように・・・、おっと、この表現は死に行く前の人の表現か。
たかがみんなでチューニングしてるだけなのに、懐かしさと「バンドするんだ、久しぶりに」の感動でボーっとしてしまう。

「よっしゃ、そしたらしょーちゃん、適当に刻んで。まさはEから始めるか。 紫苑、おまえは適当についてこいや。 んなら、しょーちゃん よろしく!」

しょーじさんはスネアとタムとベードラとバスドラで4連を何回か叩き、ジルジャンを1発大きく叩くと ものすごいグルーブ感でリズムを刻みはじめる。 いかん、鳥肌立った・・。 
しばらくしょーじさんのリズムにみんなが酔いしれる。 そしてまささんが入ってくる。
ジャズ系のウォーキングベースなコードで大人な音を出す。 いかん、おしっこちびりそう・・。
2人のリズムチームの何でもないリフに失神寸前のオレ。 そこに場違いなディストーションノイズが・・・・。

暴れ馬が乱入してきたようなギターの音。 
それでいてものすごいバランスで保たれたこのセッション。 

音が冴える、音が斬れる、まばたきが出来ない。 
どんどん音が攻めてくる。そして気持ちよくさせてくれる。 

こんな音、久しぶり、いや初めてだ。 なんだか感動して心がジーンとした。 
大袈裟ではない、本当に感動で泣きそうになった。
どれだけの時間、フリーセッションプレイを続けていたのだろう? 
愛想つかした村上さんが足でオレを突付く。 
はっと我に返り、オレもこのメンバーの仲間入りをする。 オレがバックでコードを弾き出すと、村上さんはさらに暴れ馬になりいろんなテクニックで「音」を「音楽」に変えていく。
もちろんしょーじさんも まささんも巧みなテクニックで「音楽」を完成品に仕立てていく。 
たまにオレは10ホールを吹いてブルージーな仕立てにもしてみる。 E・A・Bの3コードだけで、15分はセッションしていた。

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2008年7月15日 (火)

B階段 Vol.6 + 入院16日目

「えぇ~、東京ですか? いつからですか!? いつ帰って来るんですか? ドコ住むんすか? 単身赴任ですか?」

「おいおい、オマエ聞きすぎや。 1コづつ質問せぇや。1コづつ。」

「んなら、いつから行くんっすか? 東京。」

「1ヶ月後やな。」

「えええええぇ、そりゃまた急な話ですね!」

「しゃーないやんか、サラリーマンやし。」

「で、いつ帰ってくるんすか? 1年? 3年?」

「あ~、多分無理やな、定年せんかぎり向こうの生活やろな。」

「ず~とすか? 何でまた・・・・?」

「本社の営業部長・・・、ってヤツ? 柄じゃないけど、会社全体の営業を管轄せなあかん・・・らしわ。」

「えらいさんやんか!村上さん! それって俗に言う、しかも村上さんが一番嫌いな 出世 ってヤツじゃないっすか! オメデトウゴザイマス!」

「はぁ~、いややなぁ、大阪出て行くの・・・。 ココが好きとか別に無いけど 大阪しか知らんモンなぁ。 紫苑、代わりに言ってくれへんか?」

「代わってくれてイイんだったら、オレ何が何でも行きますけど、そりゃ無理やし。 でもめでたい!」

「でな、ほんまオヤジの戯言(たわごと)として聞いて欲しいねんけど、もう大阪に戻ってこれる気がしないんや。 子供もそのまま高校とか大学とか行き出すと、生活変えられへんやろ。 東京の人間になってしまう前に、大阪で、大阪にいる間、大阪に住んでて一番一生懸命やってたこと、それを東京に行く前にもう一度やって 心置きなく向こうに行きたいねんな。」

もう、村上さん なに詩人気取ってんの! いつにも増して大袈裟なんやから・・・っと突っ込み入れようと思ったけど、やめた。 村上さん、ちょっと泣きそうだったから。
あんまりそんな態度取らないけど、ココは一つと思い 村上さんの肩を「ボン」とたたく。

「よっしゃ、わかりました。やりましょ!バンド。 小屋ドコでしますか? やっぱどっか借りましょうね! 練習いつします? 何やります? やっぱCharしないとね、スモーキーっすかね?」

無理矢理では無いが、とりあえず はしゃいでみるオレ。

「ありがとな、紫苑。」

最後にもう1杯だけ芋焼酎のロックを頼んだ。 村上さんの分も一緒に。

20:45分ごろ、オレはスタジオ「J」に到着した。
入り口前には白い「べスパ」が泊まっていた。金本のべスパだ。

少し緊張気味でドアを開ける。 コルクくさく若干湿っぽいスタジオ独特のにおいがする。

「毎度、いらっしゃい。」

金髪で長髪、ゆるいパーマをあて どう見ても「ヘビメタ」のお兄さんが出迎えてくれる。
このスタジオ「J」の雇われ店長「ミカラム」さん。
ミカラム・・・・、変な芸名(?) ミュージシャンの場合、芸名ちゅうのかな?

ミカラム・・・・、そう、若き日の村上さんなのである。

「お~、紫苑、こっち!」

金本が手を振る。 分かってるちゅうねん、狭いスタジオやし。
ミカラムさんにペコリと会釈をして金本のところまで行く。金本はラッキーストライクを吸っている。
そして隣にはあの夜、金本と一緒にいたモヒカン。

「紹介しとくわ、こいつドラムの吉田。 産大付属通ってんねん。家は泉大津やねん。」

「ヨロシクな。 紫苑くん、だっけ? しおんってカッコエエ名前やね。」

なんや、意外に礼儀正しいヤツ。しかも声高いし。 この間は革のマスクしてたから分からんかったけど、意外に男前やん。

「こちらこそ、よろしく。 モヒカンカッコエエな、学校でなんか言われへん?」

「これな、下ろすとやりすぎたカリアゲみたいになるねんな。 だから一応なんも言われて無い。色もメッシュで色付けてるから、頭洗ったら取れるねん。」

そういえば、モヒカンしてるけど今日の色は黒い。 その頃は高校生がPUNKやヘビメタするには結構努力が必要だった。

「んならスタジオ入ろか? なぁミカラムさん、時間早いけどもうエエやろ、入って。」

「おぅ、かめへんで、マイク何本いるねん? ちゅうかテキトーに持ってってや。」

金本はマイクを2本とエフェクターの入ったジェラルミンケースとハードギターケースを持ってスタジオへ入った。 続いて吉田がギターケースを肩からかけ、カチカチとスティックを叩きながら入る。そしてオレもソロソロと着いていく。

2重のドアを閉めると「シーン」という音が耳に入る。
吉田はドラムの丸椅子に座り、ハイハットを2・3回踏む。「チーザ、チーザ」と音がする。
「ダカドン」っと3連を叩く。
正直、生のドラムの音なんて始めて聴いた。

「紫苑、おまえどっちのアンプ使う? オレはどっちでもエエねんけど・・・。」

このAスタジオには2つのギターアンプがある。
MarshallとFenderのTwin Reverb。
もちろんオレはMarshallを選ぶ。 だって・・・、ミーハーだから。
Marshallのアンプも始めての経験。 緊張して慌ててシールド繋いで、アンプのボリュームが「0」になてるかなんて確認する余裕もなく・・。
  
金本のギターはGibsonの黒いレスポール。PUNKギタリスト必須なアイテム。
エフェクターも沢山持ってたけど、デジタルディレイとオーバードライブだけ繋いで音を出す。
金本はオレに何か弾いてみろとは要求しない。
オレは適当に、でも自分では考えながらコードをいくつか繋いで曲っぽく弾く。 
10分ぐらいだろうか?個々に音出しして調子を確かめる。

なんとなくみんな弾くのをやめる。ココで始めて金本が、

「オマエなんか弾ける? 何でもええで。」

「マイケルシェンカーのArmed And Readyやったらソロ以外弾けるけど・・・」

「M・S・Gか、ええなぁ。オレ ソロ弾くからお前コード弾けや、吉田も叩けるやろ?」

モヒカン吉田は大きく頷く。
オレのギターがちょっとハウリングした。

ドラムスティックのカウントが入る。
カラダ全身がスピーカーになった。自分の弾くギターがこんなに大きな音で自分に帰ってくる。
なのに負けないドラムの音。
金本のギターはちょっと乱暴だったけどキメるトコロはきっちりキメる。腰の下までギター下ろしてるからだろう。 もっと上げればもっと弾きやすいのだが、そこはPUNK、見た目にもこだわらないと。

そんな感じで初めての1曲が終わった。

「なかなかやん! うまいうまい! なぁ吉田。」

モヒカン吉田は大きく3回頷いた。 オレも気持ちよかった。
手のひらが汗びっしょりになっていた。 続けて金本が提案する。

「今日なぁ、吉田がベース持ってきてるねんけど オレベース弾くから、もう一回合わせへんか?」

金本は吉田のFenderのベースをケースから取り出し、ベースアンプへ繋ぐ。 ド太い音が鳴る。
そしてもう一度、今度はギターソロ無しのArmed And Readyをやった。
初めてギター・ベース・ドラムでのセッションを体験した。

これがバンドなんだ・・・。

金本のマジックにでもかかってしまったのか? それともベースの魅力にはまったのか? 理由は忘れてしまったが、オレはこのスタジオでのデキゴトから2週間後には、金本のバンド「T・R・S」のベーシストとしてメンバーになっていた。

ベースを持っていなかったが吉田のFenderベースを3000円という破格値で譲ってもらう。
「T・R・S」=「The Real Size」というバンド名、金本が考えた。
オレも結構気に入っていた。 
シンプルな3ピース編成も好きだった。 練習もマメにやった。 ベースもすんなり慣れた。弦も太いし4本しかないし。
 
それよりもこのバンド「T・R・S」に入って一番変わったのがPUNKという音がスキになったこと。
ハードコア・oi・ガレージ・PUNK POP、何でも聴いた。
バンドは70%オリジナル、コピーはピストルズ、ラフィンノーズ、ジョニーサンダースが中心だった。

いつものように「J」で練習。 オレもオリジナルを作らせてもらって、結構曲が溜まってきた。

「ミカラムさん、毎度ぉ~」

「おぉ、紫苑 今日エライ早いやん、まだ予約の時間まで2時間ぐらいあるで。」

「ヒマやったし、ココで煙草吸ってようかなぁっと思って。 ミカラムさんが邪魔って言うんやったら、隣のBar行ってるけど。」

「そんなん全然かめへんよ! オレもヒマやし。 そやそや、オマエにエエもん触らせたるわ。」

ミカラムさんはニヤニヤしながらレジの奥にあるギターのハードケースを持ってきた。
そのハードケースは二股に割れていて、明らかにフライングVのハードケースだった。

「ジャジャーン! どや?これ?」

それは、それは・・・、GibsonのフライングVであった。 赤茶で木目。 ピカピカの新品。

「ひょ~、カッコエエですね。 どしたんっすか? これ?」

「オレが買ってん、ニューヨークの知り合いに頼んで 仕入れてもらって、さっき届いたのよ~~!」

ミカラムさんは有頂天になっている。 誰かに見せたくて仕方なかったのであろう。

「スゴイですやん、ミカラムさん ちょっと弾いてみてくださいよ~!」
ミカラムさんは売り物のMarshallのポータブルアンプをつけ、軽くオーバードライブをかける。
すごく甘い、そして深い音がした。 ミカラムさんの小技プレーがドンドン出てくる。
オレはギターとギターの音とミカラムさんの指先に酔っていた。

「紫苑、おまえ そもそもギターやろ? ランダムスター持ってるんやろ? ちょっとコレ弾いてみ。国産ESPもエエけど、Made In U.S.Aもエエぞぉ~」

そのフライングVを握るとネックに手が溶けていく、焼きたての食パンにバターを置くとパンの中にトローっとバターが吸収されるように、手とギターが一体化する、そんな感じ。
ピッキングでコードを弾く。 ミカラムさんとは違う音が出る。 やはり名器は引き手を選ぶのであろうか? それでもオレが出したい音をフライングVはヤツの音色にアレンジして120%の期待度でアンプから返してくる。

「すごいなぁ~、こんなギターあるんや・・・。すごいなぁ~ すごいなぁ~」

「オマエ、すごいしか言わんのかい? ボキャブラリー無いのぉ~。 でもスゴイやろ?」

今はベーシストだが、やっぱりギターも好きだ。
ギターもうまくなりたい。ミカラムさんみたいに色んな音を出してみたい。
おれはダメを承知でミカラムさんに言った。

「なぁ、ミカラムさん オレにギター教えてくれへん?」

「エエよ」

あっさり受け入れてくれたのが、逆に気持ち悪かったが バンド練習とギターレッスンを受ける為、学校行ってる時間以外の時間は、ほとんど「J」で過ごしていた。
起きて学校行ってスタジオ行ってバイトしての繰り返し。

気が付けば春。高校2年に進級していた。
バンド活動も好調で、既に対バンGIGを2回こなしていた。
ステージに立つと緊張するかと思っていたが、結構気持ちのイイモンだった。
自分達の音で客が踊る。 自分達の音が好きだと言ってくれる人もいる。 見に来てくれてる連中は顔見知りが多かったが、2回目のGIGは知らない人が多かった。 これには興奮した。
ベースもPUNKではほとんどやらないチョッパーなんかも入れてみたり、ドラムも2バスにしたり、オリジナル性を強調したPUNKバンドに成長していた。

ギターの腕前も、そこそこではあるが 上達していた。ミカラムさんから色んなテクニック、色んなジャンルの曲を教えてもらった。

「紫苑、だいぶウマなったなぁ。 リッパ立派! ベースだけやなくてギタリストでもやっていけるで、まぁオレには敵わへんけどな!」

「そんな、滅相も無い・・。ミカラムさんに勝てるワケないですやん。 でもミカラムさんのおかげですわ。 ほんま感謝してます。」

「おまえ、どーすんねん? これから音楽の道に進むんか?」

「いやぁ~、まぁ~ったく考えた事ないっすわ。 今が楽しい、それだけですわ。 GIGはもっとしたいですけどね。」

ミカラムさんはニヤニヤしていた。 どういう意味かは分からなかったが・・・・。
そんな会話をしていると「J」の扉が勢い良く開いた。

「紫苑、やっぱココやったか! さっきオマエん家行ったんやけど、ココちゃうか?って。オマエのオカン 嘆いとったで、いっこも家におれへんって。・・・・いや、そんなことより・・・・」

「なになに、どーしたの? まぁ座りぃなぁ。」

かなり興奮気味な金本。 外の自動販売機で買ってきたコーラのプルトップを空けると、元気良くコーラが噴出した。

「決まったで、紫苑! 野音、野音 大阪城野外音楽堂のGIG!」

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2008年7月14日 (月)

B階段 Vol.5 + 入院15日目

水曜日の19:00、待ってましたというタイミングで村上さんから電話が入る。

「紫苑、もう会社終われるか? 大丈夫か?」

「はい、もちろんですやん。 ほんま久しぶりですね。どこで待ち合わせますか? 本町ですか?」

「そやな、そしたら堺筋のマクドの前でエエか?」

「了解! そしたら今から出ますわ。」

堺筋までは歩いて5分。 村上さんも3分遅れで合流。

「紫苑! 元気やったか! どーや、今の会社慣れたか? 本町ビジネス街の生活はどうや?」

相変わらず豪快な喋りっぷり。 でも全然変わってない。

「おかげさんで、でも営業って仕事も疲れますね・・・、数字・数字って。」

「そりゃデザイナーみたいに自分の時間で仕事できる職種や無いからな。 まぁ店入ってゆっくり話ししよか。」

オレは4年前、ある印刷会社でグラフィックデザイナーとしてチラシやラベル・パッケージなんかのデザインをしていた。 役職的には「係長」まで行った。
デザイナーで係長って言うのも変な話しだが「スガシカオ」もプロになる前、印刷屋さんの営業で係長まで行ったそうだ、関係ないけど。

村上さんはその印刷会社に出入りしていた紙屋(製紙会社)の営業だった。
和菓子のパッケージなんかデザインする時は、紙にもこだわる。特殊な紙、和紙っぽいのとかエンボスがかった紙とか、色々試してパッケージをデザインしていく。
そんなデザインの打ち合わせの時、必ず村上さんを呼び 紙についてのアドバイスを頂いていた。
村上さんはこの会社、長い。 もう職歴で言うと20年のキャリアだ。

Jazzが流れる、ちょっと小粋な居酒屋へ入る。

おしぼりと付き出しが出てきて、とりあえずビールを注文する。
ビールが出てくるまで、おしぼりでお互い顔や首筋を拭きながら「ふぅ~」とか言う。
ふたりとも、立派なオヤジに成長している。

乾杯を済ませ、4年ぶりの話しに花が咲く。
お互いの心境報告。
村上さんの娘が飼っているハムスターが子供を産んで、現在20匹飼ってるとか 自家製ビールを造って呑んだら急性アルコール中毒になったとか、嫁が一度浮気をして博多まで逃げたとか・・・・。

お酒もいつのまにか焼酎に変わっていた。

呑み始めて2時間経とうかとしている。 オレは思い出した。

「そーいえば村上さん、今日って普通に呑みに来ただけじゃ無かったっすよね? バンドがどうとかこうとか?」

「おー、その話しするか・・・紫苑。 そうやねん、バンド・・・なんやったけ?」

おっさんボケとんちゃうか? おどけるのもいい加減にせーよ! と心で突っ込み・・・

「なんやったっけ?ってちゃいますがな、村上さんがバンドしたい言うから集まったんでしょ?」

「そやった、そやった、 なぁ紫苑ん~ バンドしようや、バンド。」

おっさん、酔ぉてるんちゃうか? なんで甘えてくるねん。

「はいはい、分かったから、で、なんでバンドなんか急に始めたいと思ったんすか?」

「オレなぁ・・・・・、東京、転勤になるねん。 だから・・・。」

正直、正直びっくりした。
4年ぶりの再会、盛り上がる会話、バンド結成、なのに転勤・・・、
もう何杯呑んだか分からないが、とりあえずもう1杯 芋焼酎のロックを追加オーダーした。

傷心が癒されるか癒されないか分からないが季節だけは過ぎてゆく。

街ではクリスマスとお正月の両方のグッズが店先を並べ、昔ながらの風情なんてまったく無視した年末商戦が繰り広げられていた。
だいぶんギターも上達した・・・、と自負するぐらいになった。
自分へのクリスマスプレゼントと思い、ランダムスターのアームをフェルナンデスのフロイドノイズにカスタマイズした。
アーミングがすごく楽しくなった。
そんな自己満足した寂しい年末にヤツから声がかかる。

金本。

となりのクラスで、家が旅館とビリヤード場と喫茶店を経営している。でもボンボンではない。

オレはこの頃、勇次とよくアメ村のLIVEハウスに通っていた。
ココはアマチュア中心のLIVEハウスで、関西Rockシーンにおける登竜門的LIVEハウス。
完全コピーバンドは出る事ができず、LIVEでやる曲の90%がオリジナルでなければならない。一晩で10バンドぐらい出場するので退屈しのぎには丁度良かった。

ある土曜日の晩、そこに金本も来ていた。

痛そうな鋲のたくさん付いたライダース着て、パンツはピッチピチのブラックデニム、足元はロボットのラバーソウルを履いていた。隣にはミドリ色に染めたモヒカンをそそり立たせ、革のマスクをした すご~っく悪そうなヤツが一緒だった。
オレは一応 金本を見て見ぬふりをした。
勇次は違う高校へ通っていで金本との共通点は無いし、金本とは話しをした事も無かったし。
ただバンド組んでPUNKしてるって事は知っていた。
3バンド目のステージが終わった頃、金本はオレに気付く。オレは気付かれていないフリをする。
金本は若干ニヤニヤしながらこっちに向かって来た。

「なんや、オマエ来てたんか? よー来るんか?」 金本が問いかける。

「結構マメに来てるで、金本は?」

「オレは2回目やねん、コイツに誘われて来たんやけどな・・・」と、親指でモヒカンを指差す。

「実はな、バンドのメンバー探しに来てん、今ベースがおれへんのや。うまいヤツおったら引っこ抜こう思って。」

金本がそんなに真剣にバンドやってるなんて思ってなかった。 

「ふ~ん、そうなんや。 そーいえば、オマエんとこのバンドってPUNKやったっけ? どんなんしてるの?」

「コピーはラフィン・ノーズとかピストルズとかやけど、オリジナルもやてるで。」

PUNKでオリジナル・・・、ピンとこなかった。

PUNKというジャンル、多少興味はあった。
音にも興味あったが、やはりファッションに興味があった。
マルコムがピストルズをプロデュースした時に、衣装はビビアン・ウエストウッドが担当していて、PUNKファッションが脚光を浴びた。不良な音楽に不良なファッション。
ビビアンのガーゼ素材で作った拘束服をアメ村の「BLACK」という服屋で買った記憶がある。

「オリジナルか、GIGとかやってるの?」

普通、演奏会の事を「LIVE」と言うがPUNK業界(?)では「GIG」と呼んだ。

「やってるよ、月1回ぐらいで、まだココの小屋ではやったこと無いけど、新今宮のエッグプラントとか春木のオールデイズとか。 オマエ、今度見にきてぇや。 オマエもギター弾いてるんやろ?」

なんでオレがギター弾いてるの知ってるんだ? まぁ、そんな細かな事はエエやろう。
PUNKか・・・、未知な世界やな。

次の月曜日の1時間目の休み時間、早速金本がオレのクラスにやってきた。

「うぃっす! LIVEハウス何時までおったん? あの後、エエ感じのバンド出たか?」

金本は0時過ぎにモヒカンと帰った。 なんでも「つまらん」とか言う理由で・・・。 確かにその後に出たバンドもつまらんかったけど。

「結局最後までおったけど、あんまりやったわ。」

「そうか、でな、明日 晩の9時からスタジオ入るんやけど、オマエ来~へん?」

どちらかと言うと やんちゃな性格な金本。
先生からも若干目をつけられているが、要領のイイヤツで、数々のプチ悪さも無罪放免で潜り抜けている。
それにしても、いきなりスタジオのお誘い。
結構強引なヤツだなぁと思ったけど、断る理由も無いし スタジオって行ったことなかったし・・、

「うん、ええよ。 スタジオって行ったこと無いし、ギター持って行ってエエかな?」

「おお、ええで! オマエ、何持ってるの?」

「ESPのランダムスター。 」

「なんやスゴイギターもってるなぁ、弾かせてな。」

優越感。「スゴイギター」なんですよ、やっぱり。 そう考えるとイイ買物した。

「スタジオってドコなん?」

「岸和田の【J】ってところ。 26号線の高架の下にカフェバーあるやろ、そこの横。」

あそこスタジオやったんや。 初めて知った。楽器屋かと思っていた。

「そこやったら知ってるわ。 ほな明日9時前に行くわな。」

なんだか大人になった、と言うか 「ミュージシャン」になった・・、みたいな感覚でワクワクした。
家に帰り、ギターのボディーを磨き弦を張替え明日の準備に備えた。

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2008年7月13日 (日)

B階段 Vol.4 + 入院14日目

オレは村上さんのメールに返信はせずに、速攻電話をかけた。

3回呼び出し音が鳴り、留守電になった。
こういう時、村上さんってタイミングが悪い人だ。仕方ないので、携帯メールを返信する。

「バンドってどういう事ですか? メールでは分からないので会いませんか?4年ぶりやし。」

村上さんから返信メールが帰ってきたのは4日後の土曜日だった。

「こないだのバンドの件、ちょっと話したいから 会わへんか?」

本当に自分勝手な人である。
しつこい様だが4年ぶりに連絡取ってきたのに、普通にワガママを言う。
今度は最初っからメールで返答する。

「イイですけど、今日と明日は無理ですよ、休みやしオレも家族サービスせなあかんから」

そうすると村上さんから秒殺で返信が入る。

「そやな、そしたら水曜日の晩、どや?」

また自分勝手にスケジュール決めるし・・・、まぁええわ。オレも秒殺で、

「了解です。 水曜日19:00に電話ください。」 と返信した。 村上さんからの「了解」メールは無かった。

ランダムスター。

名前のように不規則な星の型をしている。
おまけで付いていたアンプはフェンダーのポータブルな小さなアンプ。
ディストーションはBOSSだった。コードはまったく知らなかった。
でも昔から耳が良かったオレ、耳でカセットから流れる音を聴いて、なんとなくギターを押さえて「なんちゃってコード」でマイケルシェンカーのArmed And Readyとかコピーに励んだ。
もちろんギターソロなんて弾けなかった。

学校から帰ったら寝るまで毎日ギターにカブリついていた。

夏休みに入ろうかとした時期、学校で隣のクラスの通称「ジョー」に呼ばれた。
ジョー、女の子である。
肌が白くて栗毛で外人ぽいんだけど、アゴがしゃくれてるので女というよりは男の顔の輪郭っぽかったので、メアリーとかクリステルとかじゃなくて「ジョー」というあだ名が付いた。そんな事はどうでもいい。 

「ちょっと紫苑くんと話しがしたいって娘がいるんやけど、今エエかなぁ・・」 

なんでジョーが甘えた口調で喋っとんねん、と思ったが そこは紳士的に「うん」とうなずき ジョーの歩く後ろを付いていく。校舎3Fの非常階段の踊り場までたどり着くと、そこには赤地に白の水玉リボンでポニーテールをした「恭子ちゃん」がハンカチと封筒を手に立っていた。

オレもアホでは無い。このシュチエーションが何を現してるのかぐらい、速攻判断できる。
ジョーが恭子ちゃんの左肩をポンと押し、

「呼んできたでぇ」

っと小声でささやく。

恭子ちゃんはうつむいた真っ赤な顔をふっと上げ、オレの目を見る。
とたんに目をそらし、こう言った。

「あのね、紫苑くん コレに書いたんだけど 付き合ってる人とか・・・いる?」

キタァーーー! 高校生してて良かった! と初めて思った。
もちろん付き合ってる人なんかいるワケ無い。手紙なんか読まなくても 即OKに決まってる。
だって恭子ちゃんはオレらの中でも群を抜いてカワイイと評価のある女の子。
みんな「絶対 男おるやろから、付き合ってって言うても無理やろな・・・」と言い合ってたぐらい。
その恭子ちゃんがオレに・・・。
その場はCOOLに振舞っていたが、心臓バクバクだった。

「いま?付き合ってへんよ、誰とも」 もうバカである。

付き合ってへんよって、今までも付き合った経験無いくせに。

「あぁー、そうなんや。 良かった。 でね、わたしと付き合って欲しいねんけど・・、むりかなぁ?」

無理かなぁ?って、オレは無理してでも恭子ちゃんと付き合いたい! ちゅうねん! でもCOOLに、

「いや、かまへんよ。 オレも恭子ちゃんの事、ちょっと気になってたし。」 ちょっとや無いやろが!

「え~、そしたらOKしてくれるん? 良かったぁ~。 あのね、それに電話番号とか書いたから、また暇な時 電話してね。」

恭子ちゃんの顔 赤くない部分は目と歯と眉毛だけだった。

暇な時?
そんな余裕こいてる場合ではない。さっそくその日の夜、恭子ちゃんに電話をかけ 淡い高校生の純愛がスタートするのである。 

夏休みに入り、隣の駅にあるボーリング場でバイトを始めた。
夜から深夜にかけての時間でバイトに入り、昼間、3日に1回は恭子ちゃんと会っていた。

付き合いだして2週間経っただろうか?
恭子ちゃんを初めてオレの家に招待した。
クーラーも付いてなくて、蒸し暑い部屋。扇風機を回すとぬるい部屋の空気がかき回されて、余計に不愉快な室温になる。
それでも2人でいると楽しい。 恭子ちゃんがオレの部屋に入って一言目に、

「あ、ギターがある。 紫苑くん、ギター弾くんや、すごい!」

「これ、最近連れの兄貴から買ったお古やねんけど、エエ音するで」

ギターの音の違いなんか分かりもしないくせに、見栄を張る。

「え~、なんか弾いてえやぁ」 罪も無い恭子ちゃんの要求。

弾けって言われても、ランダムスターで「禁じられた遊び」か? しかも主旋律だけ・・。

「え~、まだ練習中でなんも弾かれへんねん、無理無理。」

逃げられないのは分かっているが、一応抵抗してみる。

「何でもエエやんか、弾いてえやぁ。」 やはりそう来る。

「んぢゃ、ちょっとだけな」

そんな言い方したら、ヤバイって、うまいんやろな?って勘違いされるやん、と思いつつアンプに火を入れる。
最近3分の2まで覚えた C→G→Am→F で始まるオーソドックスな曲、
ビートルズの「let it be」を出来る限り丁寧に間違えないよう、リズム良く弾いてみる。
それでもやっぱりFが出ない。
無理矢理ディストーションで歪ませて、ボロを隠す。 それでもヘタクソな三味線の音がする。

恭子ちゃんは笑顔で聞いていた。

夕方、部屋も涼しくなり ベッドを背もたれにして、ふたり肩を寄せて何も喋らず窓から入る夕日を見ていた。
ラジカセからは本物のビートルズの「let it be」が流れている。

言葉をかけあうワケもなく、そっとキスをした。

「ごめん、びっくりした?」 オレが聞く。

「let it be・・・だね。」 let it be (すべてはあるがままに)。 センス良い返し文句だった。

夏休みも終わり さぁ2学期が始まったぞって頃、またもやジョーに呼び出される。 あの階段の踊り場に。 そこには恭子ちゃんはいなかった。
ジョー曰く、

「紫苑くん、ごめんな。 ほんまやったら本人が言うべき事なんやけど、どうしてもって事で私が代弁するから聞いて。」

なんや?ちょっと空気重いぞ。

「あのなぁ、恭子な、別れたいんやって、ごめんなさいって言うてたわ。」

おいおいおい、なんじゃそれ! そりゃバイトとかで夏休みの後半はあんまり遊ばんかったけど、別に普通やったやんか! オレはジョーに聞いてみた。

「なんで、なんで突然! 何が理由なん?」 怖かったけど聞いてみると、

「あの子なぁ、『熱しやすくて冷めやすい』・・・ねん、だから・・・」

ちょっとまてや! ま~ったく理由になってへんがな! ソレ別れの理由になるか普通。
と今では冷静に思えるが、16歳という若さ 別れという言葉のショックが大きく理由を飲み込めないまま、

「分かった・・・。」 としか言えなかった。

青春のど真ん中にいるくせに、短い青春だったなぁと思った。

1週間後、傷心を引きずってジャッキーチェーンの「プロジェクトA」を観に行った。
本当なら恭子ちゃんと観に行く予定だったのだが。
映画館の入り口で赤地に白の水玉模様リボンでポニーテールをした子を見かけた。

まぎれも無く恭子ちゃんだった。

横には男が。しかも手を繋いで・・・。そいつは2コ上でサッカー部のキャプテンでありながら、生徒会長も勤める、ドラえもんで言うところの「出来杉くん」だった。 

やっぱり恭子ちゃんはセンスの良い娘だった。

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2008年7月12日 (土)

B階段 Vol.3 + 入院13日目

中学を卒業して公立の高校へ進学した。

部活には魅力がなかったので帰宅部の活動を率先して続けていた。
その当時、ヘビーメタルなるジャンルの曲が流行り出していた。
オレがヘビメタ・ハードロックに目覚めたのは丁度高1の1学期中間テストが終わった頃だった。

夜、テレビ、「ベストヒットUSA」を観ていた。 小林克也のしゃがれたDJ。たまたまハードロック特集だった。ヴァン・ヘイレンや、モトリークルー、当時売り出し中のボンジョビなんかのPVを流していた。
そこに1本の強烈なPVが流れた。
「アルカトラズ」というバンド。 「HIROSHIMA MON AMOUR」という曲だった。
何が強烈だったかというと、ギターリストのイングヴェイ・マルムスティーンの早弾奏法に衝撃を受けた。
ヴァン・ヘイレンのライトハンドとは違う、ピッキングでこんなに早くギターが弾けるのか?
テレビに目が釘付けになった。 どーやって弾いてるんや? こんな音楽あったんや。 目と耳からたくさんの「ウロコ」が落ちて、ドキドキした。

次の日、中学からつるんでいる親友 勇次の家で遊んでいた。
ココは悪の巣、ちゅうか数少ないタバコが自由に部屋で吸える唯一のオアシスだった。
灰皿には何日前から溜めてるのであろう?吸殻がてんこ盛りになっている。

「なぁ、昨日のベストヒット観た?」っと勇次に聞く。

「あぁ、見た見た、結構おもろかったなぁ。」っと勇次。

勇次には3つ離れた兄貴がいる。
この兄貴が また悪い。 暴走族まがい・・・である。 それがきっかけでプロのバイクレーサーになったのだが・・・。
その兄貴、ワル・・・といえばエレキギター。
まだそんな文化が引きずっていた時代。兄貴は「横浜銀蝿」のコピーバンドをしていた。
日本のヘビメタも好きだった。

ギターは真っ黒なESPのランダムスターを持っていた。ワンボリューム・ワンピックアップのシンプルなギター。バルタンヘッドになっていて、かなりイカツイ。

なんでESPでランダムスターなのに高崎晃と同じにしなかったの? っと聞くと・・・

「ラウドネスはエエけど、しょせんレイジーやろ。 あれは許せん。」っとあっさり否定。

だから勇次は兄貴の影響でハードロックに強い。 

「どのバンドが良かった?」勇次に聞いてみた。

「オレは断然ヴァン・ヘイレンやな」と勇次。

確かに今でもヤツの車に乗るとヴァン・ヘイレンが流れている。

「なぁ、アルカトラズってどう?」勇次に聞いてみた。

「あぁ、グラハム・ボネットね、歌い方変わらんし、レインボーと一緒やん」勇次が言う。

グラハム・ボネット・・・、都市伝説だと思うが、ハードロックと言えば長髪。彼はすっきりショートカット。 レインボーのギターリスト リッチーに髪の毛伸ばせと言われても絶対伸ばさないのが原因でバンド、クビになったとか・・・。

「レインボー? どんなん?」 知らないバンド名。

「おまえ、レインボー知らんの? ほんならカセット貸したるから聴いてみ、ついでにこれも、ほれ。」

勇次はレインボー2本・ディープパープル1本・マイケルシェンカー2本・レッドツェッペリン2本のカセットテープを貸してくれた。

さっそく家へ持ち帰りラジカセで聴いてみる。
まずはディープパープル。 重い、音が重い。ロックなのだが、若干ジャズを引きずっているようなフレーズが印象的だった。

次にレインボー。ディープパープルの次にリッチー・ブラックモアが作ったバンド。 ディープパープルの要素を受け継ぎながら、メロディアスな曲になっている。

その次はレッドツェッペリン。 これはちょっと合わなかった。 難しかった。テルミンとか入るとサイケな感じは良いのだが、大人なロックを感じた。

最後にマイケルシェンカー。 一番解りやすいハードロックの王道感を感じる。エフェクターの「ワウ」がすごく耳に残った。

こうして洋楽のロックにハマって行く事になるわけだが、それよりもっと衝撃的な事件が待ち構えていた。

ある日、いつもの様に勇次の家でロック聴きながらタバコ吸ってると「ドカンっ」っと部屋のドアが開く。
兄貴である。 紫のペラペラなズボンを履いている。 ちょっとビビル・・・。

「おい、シオン! ちょー、オレの部屋来いや!!」

何・何??? 怒ってるの? ちゅうても普段の喋り口調も怒ってる風だから、彼の心情がどうなのかまったく分からない。
恐る恐る・・・、兄貴の部屋へ上る。

兄貴の部屋は離れの2階にある。 部屋のドアを開ける。
スゴイ音量でアースシェーカーの「More」が流れている。
兄貴はショートホープを吸いながらワイルドターキーをロックで飲んでいた。兄貴の悪友が数名と、兄貴の彼女がいた。 タバコの煙で目が開けられないほどだった。

「紫苑、まぁ座れや、何か呑むか?」 コワイ・・・、逃げたい。

「あぁ、飲みモンはエエわ。 昼間っから呑んでるの? 大学生はエエなぁ」なんてわざとオドケて言ってみる。 オレの言葉なんてどーでも良かったらしく、兄貴は・・

「オマエ、ギター弾くんやろ?」っと聞いてきた。

「弾くってゆうても、エレキ持ってないし、聴くばっかりやけどね。」と返す。

「このギター売っていらんか?」っとランダムスターを指差す。

正直びびった。 確かにエレキは欲しかったけど、Tokaiのエレキギター入門キットぐらいで良いと思ってたし、ギターの価値とか、どのブランドのギターが良いのかとかはまったく分からなかったのだが、ESPは「高い」=「イイモノ」という事は分かっていた。だけどいきなりESPのオーナーになるなんて考えもしていなかった。

「このギターなぁ、ネックをわざわざバルタンに変えたんやで。 サラで買ぅたとき、30万してんぞ!」

ひ~30万! それをナンボで売ってくれるちゅうんや?

「おまえやったら勇次の連れちゅう事で、ソフトケースとアンプとディストーション付けたるわ。」

んんん~、ヨダレがでる程 欲しい・・・。 で、恐る恐る聞いてみた。

「で、アニさん ナンボで売ってくれるの?」

「そやな、10万でどうや?」

出た、やっぱり・・・。
バイトもしてなかったし、ましてやバイトしてても高校生にとってそんな大金、どっから出てくるのか分かってるんでしょうか? この人は・・・。
ヤンキーはコレやから・・・。 カツアゲと間違ってるんじゃないか?

「アニさん、無理やわ、10万はキツイわ・・。そんな金持ってへんし。」

「そんなんかき集めたらどーとでもなるやないけぇ、ランダムスターがおまけ付きで10万やぞ!」

そりゃ安いと思うわ。 でも、やっぱり大金だわ・・・。

「やっぱ、どー考えても無理やわ。 欲しいけど。 でもアニさん、もうギターせーへんの?」

そう、何で兄貴がギターを売りたがってるのか聞いてなかった。

「コイツがなぁ、デキてもーてん・・・。」

兄貴は直球で答えた。
彼女を指差しながら。
うつむく彼女。 若気の至りってヤツです。
この話題、高校生のオレには刺激が強すぎた。 何と言って返せば言いか分からずモジモジしていると

「しゃーないなぁ、ナンボやったら出せるねん!」

やっぱり恐喝・カツアゲやないか・・・・、と思うも こうなると値段交渉の価値有です。

「2回の分割で総額5万やったら払えるけど」 っとビビリながら応える。

「あほかぁ!オマエ、こんだけ揃って5万て、誰が売るねん!」

腹立たしく、でもちょっと控えめに兄貴が応えた。

「あー、んだら無理やわ。 欲しいけど、今回パスさせてください。」 ・・・・殴られるかな? と、正直思った。 でも10万も出せないし、この重い場を早く抜け出したかったし。

そうすると、兄貴はペシッっとあぐらをかいた膝を叩き、

「よっしゃ、そしたら即金で3万5千円でどうや!」

なんで3万5千円かは不明だったが、それならイケル。 オレやったら分割の5万円にするけど。

「アニさん、ホンマやな! 今から家帰って金取ってくるで、ホンマやな!」 声がでかくなる。

「アホ!、早よ取ってこんかい!」 

なんや、結局ナンボでも良かったんか? それよりも目先の金がどうしても欲しかったんでしょうね。

ちなみに、その彼女 今では兄貴の奥さんになって子供も3人。 ・・・・それやったら降ろさんでも良かったのに・・・。
こうして、高校1年の梅雨が明ける頃、初めてのエレキギターを手に入れる。

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2008年7月11日 (金)

B階段 Vol.2 + 入院12日目

中学校生活の3分の1は丸坊主で過ごさなければいけなかった。
中3の時に転校し、転校先の学校規則が「男子は坊主」だったからだ。
おかんと愚痴を言いながら家庭用バリカンで、

「紫苑いくでぇ いくでぇ 覚悟しいやぁ!」

「おかん!ほんまにやらなあかんのか!坊主に!」

「わたしかてあんたを坊主にした無いわ! しゃーないやん、校則やちゅうし、生活指導の先生、厳しそうやったやんかぁ!」

「いくでぇ~!!」

モノの10分で、みごとテルテル坊主が1コ仕上がった。
転校したこの学校、府内でもかなりのワル学校だった。
今ではそんな光景、まったく見えないのだが、オレが通っていた頃は 割れていない窓ガラスは1枚も無かった。
修学旅行をこの中学で向かえ、高校受験を控え2月、私立・公立・就職と進路が分かれる頃、この時期の授業と言えばスポーツで言う消化試合のようなモノ。 数学もあれば現社もある。もちろん音楽の授業だって消化試合しなければいけない。

この中学も最後の3学期、数週間の音楽の授業がオレの人生、ごめん大げさか、でも少なくともオレの人生を左右させるモノとなった。
音楽の消化試合の内容は「自習」だった。何でも良かった。音楽にたずさわる事をしていれば何でも良かった。

ウォークマンでカセット聴いてるヤツ、これもOK。ピアノで「猫ふんじゃった」弾いてるヤツ、これもOK。
じゃあオレもカセットで「Yellow Magic Orchestra」聴いていようと思っていた。
すると音楽室の後ろで、松下がガットギターを手にしている。

松下、こいつ陸上部で短距離の選手。国体出場の可能性を秘めたエースだったのだが、国体予選決勝、 スタートした瞬間 自分のスパイクのヒモを踏んずけて転倒。起き上がる事が出来ず、そのまま救急車で病院に運ばれ 診断の結果 アキレス腱が切れちゃったとかで、全治3ヶ月 の怪我。
もともと脳ミソが筋肉で出来ている松下だが、この時はかなり落ち込んでいた。

そんな松下の手にはガットギター。
不思議な光景だった。彼に近寄り・・・

「なぁ、なんか弾けるの? 弾いてみぃ?」 と、弾けないくせにを前提に彼に問いかける。

「あぁ、紫苑か 弾けるちゅうても、コレしか弾かれへんけどな・・・」と、よいっしょって感じで あぐらをかいた右太ももの上にマホガニーのガットギターを乗せる。

「えぇっと・・・」なんて呟きながら右手はアルペジオの型を作り、ぐっと息を呑む。そして、ゆっくりやさしく弾き始めた。

「ええぇ、松下・・・、なんで? オマエ?」オレは心の中で、無性に置いてきぼり感に見舞われた。
松下の弾くそれは、クラシックギターを弾くなら登竜門的楽曲「Romance de Amor」、邦楽タイトルでは「禁じられた遊び」。
あの脳ミソ筋肉の松下の指から、こんなに甘く・切なく・そしてメロディアスにこの曲が奏でられるなんて・・、耳と目を疑ったが事実を変える事はできなかった。

映画「青春でんでけでけでけ」で主人公がラジオから流れてきたベンチャーズのエレキ音に衝撃を受けたがごとく、オレは松下のコレに雷が脳天直撃したかの如く衝撃を受ける。
子供が母親にスーパーでおやつをネダルが如く、オレは松下に強く要求した。

「松下ぁ、オレもこんな風にコレ弾きたい!! どやって弾くん? どこ押さえるん? なぁなぁ、教えてぇなぁ!!」

駄々っ子よりタチが悪い振る舞いで、松下をなかば恐喝まがいに問い詰める。
なんでコイツがギター弾けるんや? 同じ歳で、同じような人生を送ってきてるはずなのに、足が速いのはエエとしよう、なのに何でこんなにギターがうまいんや? くそ、何でや?
くそ、こいつカッコエエやんけ!!!

そう、カッコエエやんけ! 明らかに嫉妬だった。

「どーやって弾くって言っても、この曲しか弾かれへんけど どーせ音楽の授業自習やし 教えたろか?」
「ほんまかぁ! オレもギター持ってくるから ちょっと待っててやぁ!」

音楽倉庫に10本あるうちのギターを適当に1本取り出して松下の元へ戻る。
今考えればチューニングも合わせてないし、弦も錆びてたし、音なんて最悪の音色だったと思う。
松下は親切に丁寧に まずは主旋律から教えてくれた。聴きなれた曲ではあるので、押さえるフレットと弾く弦だけ覚えれば主旋律はすぐにマスターできた。
さすがにアルペジオを教えてもらう時は、何が何だか分からない弾き方に苦労した。
中3、3学期、週2回の音楽の授業で 「禁じられた遊び」を完全にマスターできる事など有り得なかったが、それでも火曜日の4時間目と金曜日の6時間目が待ち遠しかった。

家にはオヤジがずいぶん昔に、酔っ払った勢いで買ってきたガットギターがあった。
もちろんソレを使って家でも練習はした。が、そのギター、ペグが2本も折れていてチューニングする、ましては弦を張る事さえできない。 でもかろうじて1弦だけは健在だったので、オレは「禁じられた遊び」の主旋律だけはスペシャリストになることが出来た。

これがオレのギターの歴史を語る上では欠かす事の出来ないデキゴトなのである。

村上さんのメールの内容に、少々驚いた。
言ってしまえば、音楽を捨てた人。もちろん聴くことはすると思うけど、今までみたいに人前で弾くことは絶対しない人だ。

以前一緒に呑んでいて2件目行ったBarが偶然にもRock Barだった。
そこには「ご自由に弾いてください」って張り紙があり、オレンジでトラ目のGibsonレスポールと真っ白なFenderのストラト、深いブルーのOvation、それからリッケンバッカーのベースと1本ずつ置いてあった。
ドラムセットも置いてあるのだが、畳んで上からカバーシーツがかけられていた。
時間も早かったのだろうか? 20人は入るであろう小ぶりな店で、客はオレ達2人と苦虫つぶした様な顔でジントニック飲んでるジジイ、それから「僕たちアジカンのコピーバンドしてます」風な大学生が4人いた。

オレはFenderを握り締めた。Marshallに通さずそのまま生音でペケペケとCrossroadsを弾いていた。
ちょっとアンプを通して音出すのは恥ずかしかったから。

マスターが「エフェクター何使うの? 良かったら出すよ!」って言ってくれた勢いで、
「じゃあディレイとフランジャーとオーバードライブ貸してよ、アンプ繋いでイイすか?」っと即聞き返す。

真空管に通電する音。 ブォン・・・・・ズゥィィィー・・・・。
Fenderのボリュームを0から徐々に上げる。 ヒュィーーっとMarshallからフェンダーの呼吸が聞こえだす。 2フレがら15フレぐらいまで左手を滑らせると キュィィィってフェンダーの返事が聞こえる。 オレはギターを弾くときは必ずEを押さえる。
心の中で「せ~のっ」って言ってEを思いっきりハジく。
小さなRock Barにいる客が一斉にオレを見る。 マスターは相変わらず携帯で話ししながらバカ笑いしている。
Eを弾けば次はA、そしてB、A、E。単純かつ基本的なブルースコードを何気なく弾く。
村上さんは芋焼酎の水割りを呑みながら店内で流れている「レインボー」のLIVE DVDを眺めている。

村上さん、どうしてギター、そんなに軽蔑するのだろう? なんでプロ目指してたのに弾きたくないんだろう?
そんな事より、オレが一番気になっているのは なんでBarに来てるのに芋焼酎呑んでるんだろう? どーせ聞いても「オレはどんな店でも、何を呑むか で、呑んでる雰囲気を味わうねん。 ほっといてくれ!」って言うに違いない。
無理とは分かってるものの、一応聞いてみる。

「村上さん、セッションしよーよ!久しぶりに。 ほら、レスポールあるしさぁ、またギター教えてよ!」

っとせがんでみる。

「あ~、もうオマエうまいうまい、教える事なんてあらへんわ。 ワシ聴いてるから好きに弾いたらええがな。」

ここまで来たら頑固親父としか言いようが無い・・。こんな事で村上さんがギターを弾いてくれるとも思ってなかったけど。
仕方が無いので、大学生に声をかける。

「なぁ、自分ら なんか楽器できるの? 一緒にあわせへん?」 っと聞いてみた。

するとメガネをかけたヤサ男が、

「いやぁ、僕らもうすぐ出ますから、イイッス、イイッス・・・」と返してきた。

「なんでぇ~、まだ時間早いやん。 4人でバンド組んだりしてるんやろ?」って聞いてみた。

「まぁ、ラルクのコピーしてますけど、人前で弾ける程ではないので・・・」っと返してきた。

ははぁん、読めた。 ホンマは弾きたいんや。

ちゅうかアジカンのコピーちゃうんかい? ラルクって誰がハイドやねん? バイトみたいな顔してるヤツばっかやけど・・・、と心の中でオヤジギャグで対抗する。
そしてもう一度チャンスを与える。

「誰でも最初は初心者やって! ハズカシがらんとしよーや!」
ここで「それじゃぁ・・・」って言ったら本当に一緒に弾こうと思った。 でもメガネが・・・・

「ほんとにヘタクソやからカンベンしてくださいよぉ」だって。

そ、んじゃ好きにしたらと勧誘をあっさり諦め、オーバードライブを緩くかけ、ディレイを深めに設定しラルクっぽいギターの音を出してやった。
大学生達は羨ましそうな顔をしながら15分後、無理矢理店を出て行った。
店もガランっとしてしまい、苦虫ジジイは3杯目のジントニックをおかわりした。
相変わらず村上さんはモニターに釘付け。 マスターとドゥビーブラザーズをセッションした。
自分よりうまい人と楽器を弾くのはすごく楽しい。

それでも村上さんは乗ってこない。 でも良く見ると目はモニター見てるけど、足は確実にリズムを刻んでいる。オレがチョーキングをすると、村上さんも同じように左手でチョーキングしている。

なんや、やっぱ弾きたいんやんか・・・。 さっきの大学生と同じやん。
村上さんの事はイジメようと思っていないので、何気なくスーっとストラトを渡そうとした。

「紫苑なぁ、ほんまヤメて・・・、あかんねんって。家でギター弾くのはエエよ。マジにならへんから。でも外で弾いてしまうと環境変わって スグその気になって、それが本気になって、なんかコワイねん。 あの時の病気みたいになったら・・・。」

村上さんは肝硬変で入院したことがある。
アル中と言っていいほどだった。 アルコールが体内から抜けようとすると自然にアルコールを摂取する体質になっていたらしく、病院にいる間、朝だろうが夜中だろうがこっそり酒を買いに行ってたらしい。 ある日、村上さんの横のベットで寝ていた入院患者が死んだ。 同じ肝硬変で入院していた患者だった。
どうやらこの患者もこっそり酒を呑んでいたらしく、そもそもかなり重症な肝臓だったらしいが、死んだ。
それを目の当たりに見た事をきっかけに、村上さんは酒を辞めた。きっぱり辞めた・・・はずだった。

村上さんが話しを始めた・・・。

「あのなぁ、紫苑。オレがなんで病気の時と人前ではギター弾かないのかが結びつくかって言うと、アル中と同じ事で また人前でギター弾きだすと昔の感動が甦り、中毒症状が再発して会社も家庭も捨ててしまう・・・・、そんな自分になりそうで怖くて。」

オレは 「はぁ? 何ですか? そんな事が原因なの? しょーもな・・・、考えすぎやて・・」 と思ったが、口には出さなかった。
村上さん、こう見えてまじめな人。変な突っ込みしたら返って凹んでしまいそうなナイーブな一面を持っている。でも・・・、

「でも村上さん、今焼酎呑んでるやないですか・・・。酒やめてへんやんか?」っと聞くと、

「あほかぁ、これぐらい呑んで 酒呑んだとは言わへんで、普通。」 とサラっと返してくる。

・・もうこの人の常識がドコまで一般人に通用するか分からないが、オレは村上さんがたまに面倒くさくなるけど、基本的には好きだから 好きなようにすればイイと思った。
なので、それ以上ギターを弾こうと誘わなかった。 

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2008年7月10日 (木)

B階段 Vol.1 + 入院11日目

B階段

7月。

梅雨なんだか夏なんだか分からない季節。
今日の空を見る。すっきり青空とピカピカな太陽の光。風は生ぬるい。
汗をかいても、びしょびしょのまま乾かないんだろうな・・・。

そんな事を想像しつつ 会社へ出勤する支度をする。
朝の情報番組を目で見ず耳で聴き流しながら、パンを焼きアイスコーヒーを入れる。
それでいて、今日の占いコーナーだけはきっちりテレビに目をやる。

この時期 ネクタイはしない、よっぽどな客の所へ行く以外はしない。
クールビズだから?
そうではない。 冬も基本的にはしない。 ネクタイが仕事をしてくれないのに気付いてからしていない。
ネクタイを締めたサラリーマンを見ると「オレは違うんだ、会社の歯車なんかになるもんか!」っと
尾崎 豊ばりの思想を抱く。
だが、やはり雇われの身、会社の歯車にはまる為 今日も会社に向かう。

もう3ヶ月になるだろうか。 通勤は自転車を使う事にしている。無理と言えば無理な距離だけど、
家から会社まで自転車で35分。自分的には、苦を感じる時間と距離ではない。
逆に清々しさを感じる。 地下鉄では見ることの出来ない地上の風景。曇りと晴れでは表情の違う空。
感じる風。季節の草花。 徒歩通勤の人では、家から会社までが近すぎて こんな些細な感動を見逃してしまうだろう。 
電車では過ぎ行く風景が早すぎて、こんな些細な感動すら見つける事が出来ないだろう。

自転車をまたぎ、鞄をハンドルに引っ掛けて左足で下がったペダルを上まで上げる。
それからIpodを耳に突っ込み出発準備完了。
オレは音楽に関しては「雑食」だ。 結構何でも聴く。
食物屋に例えると「無国籍料理」を売りにしている「居酒屋」か「和洋折衷」のメニューを取り揃えた「結婚式場」、そんな感じ。

そもそも「雑食」となったきっかけ、何だったんだろう? 
単純に音とリズムが好き、なのかも知れない。CDを買うときジャケ買いをする人は多いが、
それに似た感覚だろうか。
今、Iopdに入っている音源は ジャズ系、JPOP系、アコギ系、そしてオリジナルのテクノ。

音が好きで聴いてるだけでは物足りなくなり、演奏するようになったのは中坊の頃だった。
だが、音が好きになったのは忘れもしない小学校6年生の3学期、転校が決まったオレにプレゼントという事で
一番仲の良かった杉山が45分のカセットテープにダビングしてくれた音源。
それは「Yellow Magic Orchestra」だった。 
まぁ当時流行していたとも言うが、シビれた。電子音楽というモノにずっぽりはまった。 
そのテープが伸びきるまで聴いた。 テープが伸びてラジカセで聴けなくなったのでレコードを買った。
こんな感じでオレの音へ対する「雑食」の初めが生まれた。

午後も終わろうかとする夕時。携帯に1本のメールが入る。
携帯のメールといえば社内からの伝言メールか、家族からの会社帰りの買物催促メールがほとんど。
今は社内にいるし、会社からのメールではない事は明らか。 興味なく携帯を開く。

「新規着信メール 1件」

操作ボタンをポチっと押す。 それは村上さんからのメールだった。

「件名:紫苑へ ごぶさた!」

何年ぶりだろう? もうこの会社に入って4回目の夏を迎える。 という事は4年ぶり?
この村上さん 前職での取引先の課長さんで、結構ご贔屓に可愛がってもらった。 
と言うのは仕事上での話ではなく、趣味が偶然的にも一緒だった、から可愛がってもらった 
と言うのが正解かも知れない。 同じ趣味、そう、村上さんも 「雑食」 だった。

雑食がどれだけ同じ雑食かと言うと、好きなジャンルの音楽が共通してて と言うのは良くある話。
ジャズだったらオスカー・ピーターソン、クラシックだったらドヴォルザーク、ロックだったらAC/DC、
ハードロックだったらヴァン・ヘイレン、ヘビーメタルだったらアクセプト、ポップスだったらビリー・ジョエル、パンクだったらジョニー・サンダース、邦楽だったら山崎まさよし・・・などなどなど、そんな感じで一つのジャンルを取ってもバシッと趣味が合う。だから彼と話ししてても飽きない、飽きないではなくて興奮する。
それから、村上さんはオレにとって 素晴らしく大切な人。 
オレに本当のギターの弾き方を教えてくれた、最初で最後の師匠。 
彼はミュージシャン目指して音楽活動を30歳までしていたのだが、結婚し子供ができ やむなくカタギになった。
それからは家でギターを弾く事はあっても、人前で弾く事は無くなった・・・、いや人前では弾かない事にしているそうだ。 ステージに立ってしまうと昔を思い出して、家族投げ捨てて音楽の道へ戻ってしまいそうで怖い、とかカッコイイ事言ってるんだけど、本当に彼ならやりかねない気がする。

でも本当の村上さんとの出会いは、こんな浅い付き合いではない。 仕事上の付き合いも たまたまだった。 実はもっと深い付き合いがあるのだった。

携帯のメールを開いてみる。 彼らしい短い文章。

「バンドしたいんやけど、一緒にせーへん?」

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2008年7月 9日 (水)

入院10日目

昨夜、睡眠薬を飲んで寝た。 夜中とかに起きる事は無かったが、やはり5時に目が覚めた。
また寝てしまうと起きる自信が無かったので起きる事にする。
頭の中が昼過ぎまでボーっとしてた。良く利く薬だって看護婦が言ってたけど、凄く良く効いた、みたい。
なんやろ?そのせいなのかクーラーが効き過ぎているのか、カラダがダルイ。喉も痛いし。
きょうはクスリ飲まずに寝よう。

さて、午後からの講習会。カンファレンスルームなる部屋で、プロジェクター使って毎回糖尿病医師がパワーポイントでプレゼンするんだけど、何やら講習が始まらない。 ちょうどオレが講師の先生の横に座っていたんだけど、PCがフリーズしてしまっている。
先生はあたふた・・・。看護婦を呼ぶも解決できない。再起動するが続行不可能・・。
どーしようかなぁと思ったけど、一応・・・

「Ctrl+Alt+Del押してみてください。」って問いかける。

「あぁ、はい。」

素直に先生と看護婦がキーを捜す。ちなみに今日の先生は女の先生ね。
あたふたしている2人を見てると可愛そうになったので、ひょいっとボタンを押す。でもフリーズしたまんま。
看護婦が新しいPCを持ってくる。 でもログイン方法が分からない。看護婦は他の看護婦を呼びに行く。

「あの、上の看護婦用ってアイコン押してみてください。」っとオレ。

PCがメイン画面になる。 先生はホッとしているが、今度はプロジェクターに投影できない。

「あのぉ、Fn+F10押して・・・、いや、僕やります」って外部出力モードに変える。

プロジェクターにPC画面が写る、と同時に看護婦が4人ぐらいやって来た。

「あ~おやしんさん治してくれたの? ありがと~! たすかるわぁ」

15分押しで講習会が始まった。んで、無事終了して部屋を出ようとすると・・・

「おやしんさん、あのぉ・・・」先生が困った顔している。

PCの外部出力を解除してあげると、先生はニコニコしていた。 そーすると看護婦がやってきて、

「こっちのPCもちょっと見てください。 最近調子悪くて・・・」とさっきのフリーズしたPCを指差す。 まぁしゃーないので見てやる事に・・・、ん?「Windows Me」? こんなん使ってるんかいな! リッパな病院やのに、せめてXP使えよと思いながらセーフモードで立ち上げる。 見ると・・・、ハードディスクの空容量がなんと900K。 900Kって・・・、それでも動くんや? とか思いながら看護婦さんに

「この中で捨てて良いデータってありますか?」っと聞くと、

「もうこれ講習でパワーポイント写すだけのPCなんで、全部捨てちゃっていいです。」っと言われ全部捨ててやった。 そうすると、サクサク動くようになる・・・・、当たり前やけど。

でも、知らない人にとっては「メシヤ様が奇跡を起こした!」的感動を受けるみたいですね。
エライ感謝されてカンファレンスルームを後にする。 頭の中で・・・

「オンサイトだよな、今の。 請求書5万つけとくか・・・。」ぐらいの仕事だったかな?
入院しててトラブルシューティングするとはね・・・。

あ~、しかし何やろう? やっぱ気持ち悪い・・、お腹も重いし・・。
クスリの副作用かぁ??? 睡眠薬・・・おそるべし?

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2008年7月 8日 (火)

入院9日目

今日は朝8:00から薬剤師より講習会。
昼までみっちり。 お昼ごはんを食べて私服に着替える。

外出許可をもらい、梅田の街へ。
雨降ってたんだけど、出かける間際にサクッと止み 傘いらずで出かけた。

久しぶり、ちゅうても1週間ぶりの俗世間。一番気付くのは「ニオイ」。
しかも食べ物のニオイ。 世の中にはこんなにたくさん食べ物のニオイがしているのかと、自分でも驚いた。
イロイロとウロウロとして、16:30には病院へ戻る。

スグに血糖値測定の時間になり、続けて夕食、そのままシャワー。 結構バタバタしてました。
雨上がりのせいでしょうか? ものすごく夕日が綺麗だったなぁ。

コレを書こうと思い、PCつけてコーヒー飲もうと思って給湯室へ行く。その途中のデキゴト。
看護婦やら看護士やらがバタバタしている。 ちょうど給湯室の近くの個室病室へ駆け込んでいる。 そこは70歳ぐらいの おばあさんが入院している部屋。 部屋の中からは、モウシワケナイ表現しますが、この世のモノとは思えない「うめき声・笑い声・泣き声・怒り声」が聞えて来る。 そして看護士がおばあさんを押さえつけて看護婦が何やら口に入れようとしている。

・・・・低血糖。たぶんそうだ。
先日、先輩からの忠告電話をもらったばかりなのだが、この おばあさん、低血糖を起こしたらしい。
低血糖の段階にもイロイロあるのだが・・・

【初期】
手足の振るえ、冷や汗、だるい、目のかすみ

【中期】
頭痛・怒りやすい・落ち着かない・集中力の低下

【後期】
全身の痙攣・異常行動・昏睡

の順で低血糖の症状がある。 健常者の血糖値ってだいたい食前で70~110mg/dl・食後でも140mg/dlを超える事は無い。 良く聞かれるのだが「血糖値って何?」って話し。これは血液中に流れているブドウ糖の量なんですわ。 そのブドウ糖を細胞に取り入れる役目をしているのがインスリン。よってインスリンが出てなかったり、出にくかったりしてると、血液中にブドウ糖が残ったまんまになって、高血糖となり体に色んな障害を出し始めるわけです。 なので、糖尿病って糖尿病事態が怖いんじゃなくて、糖尿病が引き起こす合併症が怖いわけですな。

で、話しの続き。 この おばあさん、この【後期】のところまで血糖値が落ちちゃったんでしょうね。 ここまで来ると血糖値って30mb/dlぐらいなんじゃないかな? でれで異常行動を起こしたってワケ(みたい)。
看護婦さんが無理矢理おばあさんの口に入れようとしていたモノはゼリー状の「ブドウ糖」だった。
オレが自分の部屋に戻っても、おばあさんの声は聞こえていたが、5分もたったら声は聞こえなくなった。

ね、怖いですね。 オレも低血糖になりやすい体質なので、注意しなくては・・・。
でもプチ朗報。 今晩から寝る前のインスリン注射の注入単位数が「2単位」減りました。 朝の血糖値が100mg/dlを3日間下回っているので、注射の注入量が減ったといううわけ。

やっぱり管理された生活してると違うもんやね。

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